【ハーベイの誕生】
ハーベイはイギリスの裕福な自作農家に生まれました。イギリスの大学をでましたが自分がやりたいとしていた動物の研究にやくだつ知識が不十分だったために、医療技術が進んでいたイタリアの大学に再入学しました。
そこで静脈に弁があることを発見したファブリキウスに出会ったのです。
【確信へと持ち込む】
イギリスに帰国してから『血液循環説』を研究しました。そして本を出すに至ったのです。当時、体内で血液は循環していると考えられていませんでした。肝臓がどんどん新しい血液をつくっていると考えられていたのです。
ハーベイは書物などの研究も大切にしましたが、実際に動物を解剖したりして感じることのできる実験を中心に行いました。
そこで、心臓は1時間に体重の3倍の血液を送ることがわかったのです。ここでハーベイは肝臓がこんな量の血液をつくりだせるわけがないと思い、『血液循環説』に確信を持ち始めたのです。
【実験をいくども重ねる】
一つの実験から得られることはそんなに多くありませんでした。ハーベイはより納得してもらえるように50歳まで実験を重ねました。その実験の中で動脈と静脈での違いがわかってきたのです。例えばハーベイが鹿の足の血管をしばると動脈では心臓に近い方に、静脈では心臓から遠い方に血液がたまっていくのが確認されたのです。
やがてハーベイは「体内の血液は心臓から出て心臓に戻る循環運動をしていること」・「心臓の鼓動が血液を送り出す力になっていること」を導いたのです。そして確信は深まりついに本を出すに至ったのです。
この後、ハーベイはイギリスの内乱により追放されてしまいますが、追放されたあとも動物の研究に余念がなかったそうです。 |