トップ科学の偉人
ガリレオ・ガリレイ 〜地動説を裏付けた『近代科学の父』
2003年4月1日
天体
【ガリレイの誕生】
ガリレイは1564年に数学や音楽理論の学者であった父の長男としてイタリアのピサに生まれました。修道院で教育を受けた後に父の勧めで大学の医学部に進学しました。しかしガリレイは面白くないと感じ中退してしまいました。その後ちちの友人から数学を教えてもらう機会ができました。ガリレイは数学の不思議な魅力にとりつかれその時から数学に関心を持つようになったのです。

【自然現象を数学で解く】
ガリレイは数学の才能で自然現象を観察できるようになっていました。その力が活かされたのが『落体の法則』の発見です。
それまでアリストテレスという人物によって物体は重いものほど速く落下すると考えられていました。しかし、この考えにガリレイは疑問を感じたのです。しかし当時の技術では確かめることは困難だったのです。
有名な話に『ピサの斜塔』の実験の話があります。イタリアにあるピサの斜塔の上からガリレイが重いボールと軽いボールを同時に落として同時に落ちることを証明して落体の法則を証明した。という話です。しかしこれは嘘です。確かに実験はしましたがガリレイはこの実験で証明したわけではないのです。もっと正確な実験を追及したガリレイはレールの上でボールを転がす実験を行ったのです。これでより正確に確かめられたのです。そしてこの実験から重いものでも軽いものでも同時に落ちるという『落体の法則』を発見したのです。

【考えをひるがえす地動説】
この時代宇宙と地球の関係は『天動説』といって地球が宇宙の中心で宇宙自身が動いているという考え方でした。しかしこの考え方に疑問を持つ科学者が何人かいました。一方で『地動説』という太陽が宇宙の中心ではないか?という説を唱える科学者がいました。ガリレイもその一人でした。しかし誰も行ったことのない宇宙のことを証明することはできなかったのです。
しかしガリレイはあるもので証明してみせたのです。それはなんと手製の望遠鏡です!

ガリレイは望遠鏡のうわさだけを聞いて自分でレンズを巧みに組み合わせて作ってしまったのです。しかもその望遠鏡は非常に性能のよいものでした。

ガリレイは月から観察をはじめ木星を観察したときに木星の周りをまわる衛星を発見しました。このことから少なくとも地球以外にも中心となっている星があることを突き止めたのです。そのことからガリレイは太陽が中心になっていてもおかしくはないのではないだろうか?と考えるようになったのです。ガリレイは観察したことをまとめて本を出しました。世間はこの本に大きく興味を示しガリレイは一気に有名な科学者となったのです。

【宗教との戦い】
そんなガリレイに立ち向かってくるものがありました。それは『キリスト教』です。キリスト教の教えの中に天動説と一致するものがあってキリスト信者は天動説を支持していたのです。もちろんガリレイは『地動説』を唱えていたので教会の指導者たちは激しく彼に攻撃したのです。
ついに2度の裁判にかけられたあげく、自宅に監禁されることになったうえ、『地動説』を捨てることを誓わされたのです。この時ガリレイは約70歳でした。

しかしそこであきらめるガリレイではありませんでした。監禁されながらも新しく発見したことなどをまとめ『新科学対話』という本を書き上げたのです。この本の中にはいくつもの重要なことが記されていました。しかし間違ったことも書かれていました。その間違ったことはガリレイの死んだ年に生まれたニュートンが修正したのです。

ガリレイは実験から熱心に法則を発見したことから『近代科学の父』と呼ばれるようになったのです。
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